音楽

勝手に親近感 星野源

こんばんは!今日は気分的に乗っているので、2連投します!

タイトルの通り星野源さんを語りたいと思います。

昔(中学生くらい)からパンク、メロコア少年でした。
一番好きなのはハイスタでした。
ハイスタが好きで好きでたまらなくて、でもライブにはいけないまま活動休止に入ってしまいました。
高校生時代の苦い思い出です。

で、ハイスタのドラムであるツネちゃんが加入していたバンドが「cubismo grafico five」でした。
そのバンドはまさに自分の中ではオールスター的な感じで、スキャフルキングやドーピングパンダのメンバーがいたりして、それだけでも聴くきっかけになっていたのですが、サウンド的にも軽快なパンクソングにピコピコ要素が足されたドンズバなバンドでした。
ジャマイカソングと言う超有名な曲のカバーがCINQというアルバムに収録されていますが、ドーパン古川さんのボーカルが素敵すぎて、世界中のジャマイカソングのカバーの中で自分史上ナンバーワンのままですね。いまだに。

んで、本題に入ると、そのcubismo grafico fiveとサケロックが当時レーベルが仲が良かったのか対バンしていて、サケロックも一発で好きになりましたね。
リキッドルームでのライブも見ましたし、結構ガラガラなzepp tokyoでのライブも見ました。当時発売されていた「ぐうぜんのきろく」というDVDも持っています。プレミアがついているようで少し自慢です。
その頃のサケロックの目当てはドラムの伊藤大地さんを見に行ってましたね、もちろんトロンボーン&スキャットの浜野謙太さんがフロントマン的に目立ってはいましたが。ライブ後にメンバー全員と話したりも出来るぐらいで、その時だったら顔と名前くらいは覚えてもらっていたかもしれません。
ただ、その中でそんなに印象がなかったのが、今をときめく星野源、その人なのです。笑
ライブもMCとかでも星野さんはあんまり記憶にないです。
メンバー的にはそれぞれ後に、奥田民生やくるりの岸田さんとバンドを組んだ伊藤さん、役者業や在日ファンクでも人気のハマケンこと浜野謙太さん、ベースの田中さん、そして星野源さんと粒ぞろい、名曲ぞろいのバンドでしたが、残念ながら解散してしまいましたね。

そんな星野さんはサケロックの活動や大人計画の活動と並行して、元YMO、元はっぴいえんどの細野晴臣さんの勧めでソロ活動も開始していました。
その頃はこんなに売れるなんて思ってもいなかったです。俺は知ってたなんて言うのもおこがましいくらいスターになっちゃいましたね。
ぼくとしては最近のPOPさを前面に押し出した星野源さんも好きなのですが、初期のフォーク感が強い星野源さん、特に「くせのうた」「くだらないの中に」がお気に入りでした。サケロック時代の穴を掘るのセルフカバーも好きです。
また、子供が産まれてからはNHKの番組でも星野節たっぷりの曲を聴くことができます。

沢山の名曲がこれからも生まれていくアーティストだと思います。一回出演なさるイベントのチケットを取っていたのですが、くも膜下出血で出演叶わず、ソロでのステージを見ることが出来なかったです。今はチケットも争奪戦だと思いますので、なかなか難しいと思いますが、ライブも見に行きたいです。バンドがハマ・オカモトさんがベースでギターに長岡亮介さんというのもとっても魅力的です。ドラムは河村カースケさんですかね?日本最高峰のドラマーですね。

余談ですが、ある日実家に帰ったときに還暦越えのうちの親父のパソコンの前に「星野源」「くせのうた」と書かれたメモが置いてあり、これ何なの?と聞いたところ、テレビで偶然耳にして、良かったからメモって探して聴いていると。
そんな世代を超える星野源さんを好きだという気持ちと、昔から勝手に応援しているという気持ちと、うちの親父の音楽センスの良さに、乾杯をしたい気持ちで、この記事を終わりにしたいと思います。

ありがとうございました!


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